Beat of the Nightを聴く前に。Story of Your Lifeを読む前に。(自分が。)
皆様ごきげんよう。
余談
マキオンの身内大会で #ブログ更新はよ ってチーム名で出たのも早数か月。
前回のブログ更新は166日前。昨年12月のことである。
もちろん下書きには神戸一人旅の感想だとか、
最近観た映画の感想だとか、
MCUドラマへの多大なる賛辞とちょっとした愚痴とか、
好きなバンドのライブの感想(具体的にはサカナクションのYouTubeでの試み→配信ライブへのつながりが素晴らしかったとか、さわおバンドのライブのアツさとか、UNISONのリバイバルライブがかっこよかったとか。何よりもどのバンドも終わらせたくない。また今まで通りの仕事をしたいって希望に満ちてたな…みたいな。)も眠ってる。
もう時期を逃してしまったのできっと仕上がることはないし。
対人ラバーダッキングをやってしまった感じもあるのでなんか満足してしまっている節もある。
が、何かこうモチベーションが沸いたのと。
まだ黒埼ちとせのシンデレラマスター ソロ曲:Beat of the Nightも聴いていないし。
楽曲追加コミュのStory of Your Lifeも読んでない。(CDが出てからフルを最初に聴こうと思ってた。)っていうある種絶好のタイミング。
自分が思っている最近の黒埼ちとせをまとめて。それからコミュを読んで。曲を聴くのも楽しいんじゃない?みたいな。そんな感じで書き始めた。
それでは本題へ。
本題
自分はこの記事からそこまで彼女への印象は変わっていないので、なんでも持っているように見えて、それは他人から(望む望まないに関わらず)与えられたもので放棄もできず。だからこそ他人が望む黒埼ちとせを演じているように見えたんだ。
そしてそこから続くのが(おそらく)オウムアムアに幸運を。
個人的な印象としては、役を演じていることには変わりないけれど、それを演技へと昇華させて、かつ役の中で自分の人生の別の可能性に気付かせている…って感じがした。
だから、イベントコミュ4話でのしゅがは(これもしゅがーはーとってアイドルを演じている点でちとせちゃんに思うところがあったんじゃないか…って思ってる訳だけど)とPのやり取りも変わっていく彼女をちゃんと見ていてあげてね…って感じがするし。
その通りにちゃんと打ち合わせの段階から見守るし、
ちとせちゃんもPの意図を汲み取っているとちゃんと伝える。
そして、それを受けて行動で示したPが彼女に伝えるのは一言だけ。
そして、チトセの物語は区切りを迎え、また新しい物語が始まるんですね。
このコミュの延長線上にあるのがDriving My Wayって感じがしてならないし、あの曲が大好きな要素の一つだし、マイルストーンのように感じるわけですよ。
次のさよならアンドロメダでの役は娘を取り戻したい(解釈によっては跡を追いたい)女性の"ミア"役。
ここではっきり役を演じることを「別の人生を楽しむ」って表現をするのが感慨深い。
人の気持ちが分かる=今まで他人の様子を伺ってきた事を良い方向で使ったんだなって思うと凄くしっくりくる(自分の中では。)
そして、最後にオウムアムアの時と違って、はっきりと自分の意志で列車に乗らない選択をすること≒生きていくことを選択するのがまた彼女らしい役だなって。
ちとせちゃんはやっぱり死が付きまとっているように見えて瞬間瞬間の生きる喜びに満ちているシナリオだと思う。
そうして、役って形でいろいろな人生を経験してきたちとせちゃん。
Life is HaRMONYで語ったアイドル観も以前と比べると変わって。
夜空を見ながら出てくるセリフもかなり変わったと思う。
特に、TRUE COLORSと比べるとね。
ってなわけで、自分の中では最近のデレの劇中劇の流れの中で、黒埼ちとせというキャラクターは他の人生の可能性を見れる、感じられるようにしていたんだと思う。
それは、彼女が色んな事に縛られて生きてきた…なんでも持っているように見えて実は自由意志がなかったって事から作中Pが仕事を振ったんだ…って思うと今まで見てきた流れに凄くしっくりくる。
今からコミュを読んで、曲を聴くのが楽しみです。
…余談その①
ちとせちゃんの特訓前、レッスン着の変遷
なんか昔の記事でなぜ特訓前(Pが見ている服装)が妙にセクシャルなのかってことを書いた気がするのだけど。
そう考えると、[千年の誓約]黒埼ちとせの特訓前はマリアベールをしていて、花嫁を邪悪なものから守る…とか、欲望の目から身を隠す…とかそういう意味で捉えて良いなら、このカードで本当の意味で信用、信頼されたのかなって感じがします。
余談その②
同様に千夜ちゃんの劇中劇やそのシナリオ内でのセリフからちとせちゃんと比較してみる。
Secret Daybreakにて
役柄はメイド役。
途中、アイドルに憧れる少女とのやり取りで言葉を大切にしていることが改めて分かる。
君のステージ衣装、本当は…にて
そもそも私は千夜ちゃんが幸せに生きていけそう…もしくは彼女のことが本当に好きになったら担当を降りようと思っていた人間なので、歌詞を聴いて…これは…白雪千夜の担当を辞めた世界線の私の曲だ…くらいの事を思ってた。
いや、多分そういう曲ではないですし、違うと分かってますが。
シナリオの頭で劇中劇の脚本を当て書きしていると監督がはっきり断言している。
これは珍しい気がする。
ハマり役っていうのは結構よくあるけれど、当て書きっていうとあらかじめ俳優を想定してシナリオを書き始めることだから。キャスティングの都合で違う俳優になってしまうと書き直しになってしまうから、少なくともあまりビッグバジェットの洋画の売り文句としては聞かない気がする。ちょっとマイナーな映画とか、探すと結構あるけど。
千夜ちゃんが雪美ちゃんの様子を見て話しかけるシークエンス。
TRUE COLORSの時の千夜ちゃんはPの意図を読み取ろうとするセリフが多かったように思うので、他の人の様子をみて心配して話しかけるっていう様子を見て変わったなあ…って思う。
続いて1話の思いを伝えないことは不幸ではないか…と問われての千夜ちゃん。
Fascinateの時にお互いの自己犠牲によってお互いがお互いの願いを叶えていたことを少し思い出す千夜ちゃんの意見。
でも2話で改めて台本を読み返した千夜ちゃんは本当は自分の思いを伝えた方が幸せになれる(かもしれない)ことに気付く…けど。
自分はある種の劣等感やコンプレックス(だと思っているけれど、知り合いはある種の潔癖って表現をしていた)で、それが認められないのだと思った。
だから、雪美ちゃんからマフラーを借りたことさえ自分には不相応だと感じ、
思いを伝えずほろ苦い思いをする登場人物に救いを求めて、思い悩む羽目になるのだ。
だから、シナリオのEDは大きな救いだと思う。
劇中劇の5人は思いを伝えないまま終わる…けど現実に生きる自分たちは違う。
似て非なる存在だから、言葉を交わして、思いを伝え合う。
っていう流れの中で感謝の気持ちを伝えられて青春を感じる比奈がまた良かったですねぇ…
ってなわけで、自分の中では最近のデレの劇中劇の流れの中で、白雪千夜というキャラクターは役を演じることで自分の中にある可能性、能力を感じられるようにしていたんだと思う。
それは、彼女にアイデアがあって、努力もできて、務めを果たす…っていう根性があるのに劣等感から何も言えなくなる事から作中Pが仕事を振ったんだ…って思うと今まで見てきた流れに凄くしっくりくる。
ってところで力尽きたので、[ひとり、時は過ぎて]白雪千夜 以降の千夜ちゃんは実は記憶喪失になっているのでは?っていうのはまた今度書くかもしれない…って感じにします…
それではまた今週中に次の記事をかければいいな…